日常生活でも「代理」という言葉が使われるが、その場合には広く他人の代わりに何かをすることを意味している。それに対して、民法では通常「他人に代わって法律行為をすること」(契約の締結など)を「代理」という。たとえば、岡山に住んでいるAが、今度東京へ転勤になるので東京近辺で住むための家がほしいと考えたが、自分が東京まで行って家を探す時間がないので、Bに代わりに売買契約を結んでほしいと依頼したする(委任契約、第643条)。それを受けて、BがAの希望にかなう家を探し出して、その所有者Cと「Aを代理して」代金壱千万円でその家を購入するという売買契約を締結した、というようなケースである。この場合、実際にCと会って値段の交渉をしたり、契約書に署名捺印したりといったことを行っているのはBであるが、その契約の効果はBではなく、直接Aに生じる。つまり、Cに対して代金壱千万円を支払う債務を負うのはBではなくAであり、逆にCに対して家の引き渡しを請求できる債権を獲得するのもBではなくAとなる。他人を代理して法律行為をする人(上の例ではB)を代理人、代理される人(上の例ではA)を本人、代理人が本人を代理して行う法律行為(上の例では家の売買契約)を代理行為といい、代理の問題では、本人、代理人と代理行為の相手方(上の例ではC)、の3者が基本的な登場人物となる。なお、条文では、代理人と代理される本人を代理関係の当事者ととらえて、代理行為の相手方(C)は「第三者」と書かれている。
条文では第99条第1項が「代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。」(能動代理)と定めており、上記の例で言えば、代理人Bが、本人Aのためにすることを示して、相手方Cに「代金壱千万円でCの家を買う」という意思表示(申込み)をすると、その効果は直接本人Aに生じることになる。一方、第2項は「前項の規定は、第三者が代理人に対してした意思表示について準用する。」と定めていて、「第三者」(代理行為の相手方)Cが代理人Bに対して「代金壱千万円で家を売る」という意思表示(承諾)をすれば、やはりその効果は直接本人Aに生じることになる。そして、申込みと承諾が合致すれば契約が成立するが、その契約の効果は直接本人Aに生じることになる。もっとも契約の場合にはこのように意思表示単位で分割して述べることはせず、単に代理人Bが本人Aを代理して相手方Cと契約を締結すれば、その効果は直接本人Aに生じると表現することがほとんどである。代理行為の効果が本人に帰属するための要件は、①代理人がその行為を行う権限(代理権)を持っていること、②代理人が「本人のためにすることを示して」代理行為を行うこと、の2点と言うことができる。
第99条の「本人のためにすることを示して」とは、「本人の利益のため」ということではなく、「代理行為の効果が本人に帰属することを示して」という意味である。第107条に規定されている「代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合」(代理権の濫用)であっても、本人にその行為の効果が帰属するのが原則であり、例外的に「相手方がその目的を知り、又は知ることができたとき」には、「代理権を有しない者がした行為」(無権代理行為)となり、本人に効果が帰属しないとされる。民法の想定する取引では、取引の相手が誰であるかは重要な意味を持つと考えられているため、取引の相手がいま目の前にいる代理人Bではなく、その背後にいる本人Aであることをきちんと明示すること(顕名(ケンメイ))が必要とされている(顕名主義)。ただし、顕名には代理行為の効果の帰属先が本人であることを示す以上の意味はないので、代理人自身が顕名を行わなくても、周囲の事情などから相手方が、代理人が本人を代理して行為していることを知っているか、知ることができた場合には、本人に効果が帰属するとされる(第100条ただし書)。逆に、顕名がなく、周囲の事情等からも代理人が本人のために代理行為を行っていることを相手方が知ることもできなかった場合には、代理行為の効果は代理人自身に帰属するものとされている(第100条)。なお、商取引においては、商品の品質や価格こそが重要であって相手方が誰かはさほど重要ではないと考えられるため、本人のためにすることが示されていなかった場合でも、本人に対して効果が生じるとされている(商法第504条)。
代理権については、この講の最初の例のように、本人が適切な人を選んでその人に代理権を与える場合と、法律が本人と一定の関係にある人に代理権を与える場合とがあり、前者を任意代理、後者を法定代理という。任意代理は、最初の例のように、本人が自分の意思で自分の取引範囲を拡大するために使われる(私的自治の拡大)。法定代理については、たとえば第824条は親権者にその子の財産管理権と(法定)代理権を与えている。赤児であっても財産(権利)を持つことはできる(第3条)が、その財産はその子のものであって、たとえ親であって勝手に処分することはできないのが原則である(第1講参照)。とはいえ、赤児が自分で財産を管理したり処分したりすることはできないので、民法は、その子の親権者に財産管理権と(法定)代理権を与えて、その子に代わって契約などを行うことができるようにしている。このように自分で適切に取引等ができない者のために、法が、その人に代わって取引等を行う人を用意し、その権限(代理権)を与えているのが法定代理である(私的自治の補充)。なお、第824条では「代表」という言葉が使われているが、親権者がその子に代わって行った代理行為の効果はその子に帰属するという意味では「代理」と同じである。ただ、「家を買う」というような特定の行為についての「代理」ではなく、「財産に関する法律行為」のように幅広く包括的な行為を対象とする場合には「代表」という言葉を使うというのが条文での言葉の使い分けとなっている。
前節で述べたように、代理行為の効果が本人に帰属するための要件は、①代理人がその行為を行う権限(代理権)を持っていること、②代理人が「本人のためにすることを示して」代理行為を行うこと、の2点である(第99条)。したがって、代理人として代理行為を行った者が代理権を持っていなかった場合には、その代理行為の効果は本人には帰属しないのが原則である。一方で、効果が本人に帰属するものとして代理行為が行われている以上は、代理人にも効果は帰属しない。このような場合を無権代理といい、逆に代理権を持つ代理人が代理行為を行った場合を有権代理という。
契約の無権代理の場合、本人は追認をすることによって、その代理行為の効果を自分に帰属させることができる(第113条)。追認をするか追認を拒絶するかは本人の自由であり、また追認によって無権代理行為を行った者(無権代理人)に代理権が授与されることもない。あくまで特定の無権代理行為の効果を本人に帰属させるだけのものである。
Bが、本当は代理権がないにもかかわらず本人Aの代理人と称して、相手方Cの家をAが購入するという契約を締結した場合、本人Aが追認すれば、本人Aに売買契約の効果が帰属し、相手方Cは、本人Aに家を引渡して代金を請求すればよいことになる。一方、本人Aが追認を拒絶した場合には、本人Aには売買契約の効果が帰属しないことになるので、家を買ってくれる人を別に探すなどの次の行動をとることになる。無権代理行為を追認するか追認を拒絶するかは本人の自由であるが、どちらにするのか決めてくれないと、相手方は次にどういう行動をとるべきかを決めることができずに困ってしまうことになる。そこで、民法は「相手方は、本人に対し、相当の期間を定めて、その期間内に追認をするかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。」と定めている(無権代理の相手方の催告権、第114条前段)。相手方がこの催告をした場合、本人が「追認をする」と確答すれば本人に効果が帰属することに確定し、逆に「追認を拒絶する」と確答すれば本人に効果が帰属しないことに確定する。そして、「本人がその期間内に確答をしないときは、追認を拒絶したものとみなす」(第114条後段)と定められているので、確答がなければ本人には効果が帰属しないことが確定する。つまり、相手方が催告をすれば、本人が期間内に確答してもしなくても、本人に効果が帰属するかどうかは確定し、相手方は次の行動をとることができるようになるのである。
ここでまた少し条文の読み方の解説をしよう。まず、第114条のように1つの条文の中に文が2つある場合、前の文を「前段」、後ろの文を「後段」と呼ぶ。1つの条文の中に文が3つある場合には、前から順に「前段」、「中段」、「後段」と呼ぶ。また、「みなす」という言葉は、法律用語としては、たとえ事実と違っていてもそのように扱うという意味である。第114条について言えば、たとえ本人に追認する意思があったとしても、期間内に確答をしなかった場合には追認を拒絶したものとして扱われるという意味である。他の例をあげると、第772条は「胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす。」と規定しているが、これは、事実としては胎児はまだ生まれていない(したがって、権利をもつことができない、第3条)が、損害賠償の請求権については生まれたものとして扱う(損害賠償の請求権は持つことができる)ということである。なお、似たような言葉に「推定する」という言葉があるが、こちらは事実が違っていることが証明されれば事実に即した扱いがなされるものである。たとえば、第772条第1項は「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。」と規定しているが、事実が異なる場合にはその子と夫との間の親子関係を否定することができる(第774条以下に規定された嫡出否認の訴えによる)。
契約の無権代理の話に戻ろう。契約の無権代理の相手方は、先ほど述べたように、本人に対して催告することができるし、またこの後述べるように、無権代理人や本人の責任を追及することもできる。しかし、そのようなことをするには手間も暇もかかるので、無権代理であることを知らなかった(善意の)相手方は、本人が追認をしない間は、契約を取り消してなかったことにすることもできる(無権代理の相手方の取消権、第115条)。
無権代理人に対する責任追及であるが、契約の無権代理の相手方は、無権代理人に対して履行または損害賠償のどちらかを選択して行わせることができる(無権代理人の責任、第117条)。「履行」を選択した場合には、有権代理であれば本人との間に成立した契約が無権代理人との間に成立したものとして、その契約の履行を請求することができる(相手方の方も契約を履行する義務を負う)。「損害賠償」を選択した場合には、契約が履行されたら得られたであろう利益が得られなくなったという損害の賠償を請求することができる。無権代理人の責任を追及できる要件について詳しく見ていこう。まず、さきほど述べた第115条によって相手方が契約を取り消した場合には、無権代理人の責任を追及することもできなくなる。第117条第1項にある「自己の代理権を証明したとき」は有権代理であるから本人に効果が帰属するし、「本人の追認を得たとき」も本人に効果が帰属するので、無権代理人の責任を追及することはできない。逆に言えば、「本人に効果が帰属しないこと」が無権代理人の責任を追及できる要件の一つである。また、第117条第1項第1号により、相手方は他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを知らないこと(善意)が必要であり、さらに他人の代理人として契約をした者が自分に代理権をがないことを知らなかったときには、単に善意であるだけでなく、無過失も必要となる。第117条第3号は「他人の代理人として契約をした者が行為能力の制限を受けていたとき」には無権代理人の責任を追及できないと規定しているが、これは行為能力の制限を受けている者(制限行為能力者)を保護する趣旨であり、制限行為能力者については次講で解説する。
無権代理ではあるが、相手方からはいかにも代理権があるかのように見え、またそう見えることについて本人に責任がある場合には、本人は無権代理行為の効果が自分に帰属することを拒めないとされる。これを表見代理という(第109条、第110条、第112条)。基本的には、相手方が無権代理人に代理権があると信じたこと(代理権がないことについての善意・無過失)と、本人が責任を負わされてもやむを得ないと考えられる事由(帰責事由)の2つが要件である。それぞれの条文の解説をしよう。第109条第1項は、本人が「第三者」(代理行為の相手方)に「他人に代理権を与えた旨の表示」をしたが本当には代理権を与えていなかった場合で、その者が代理行為をしたときは、相手方が代理権がないことを知らず、知らないことについて過失もなかった場合(善意・無過失)には、本人が無権代理行為について「責任を負う」(無権代理行為の効果が帰属することを拒めない)というものである。文字通りに「代理権を与えた旨の表示」をした場合だけでなく、たとえば本人が他人に健康保険証を貸して、その者が本人の名前を名乗って消費者金融で金銭を借りることを許した場合など名義貸しと言われるものもここに該当する。本人が「代理権を与えた旨の表示」をしたことが本人の帰責事由である。第110条は、一定の行為をする代理権(基本代理権)を持つ代理人が、その代理権の範囲を越えて代理行為を行った場合であり、相手方が「代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるとき」(判例は相手方が善意・無過失であることとする)には、本人が無権代理行為について「責任を負う」(無権代理行為の効果が帰属することを拒めない)というものである。代理人の選任・監督は本人の責任であり、それを怠ったことが第110条の場合の本人の帰責事由である。第112条第1項は、代理人がその代理権が消滅した後に代理行為を行った場合で、相手方が代理権の消滅について善意・無過失であるときは、本人が無権代理行為について「責任を負う」(無権代理行為の効果が帰属することを拒めない)というものである。この場合は、代理権の消滅を周知しなかったことが本人の帰責事由である。また、第109条第2項は、第109条第1項と第110条が重なる場合で、本人が本当は代理権を与えていないのに他人に代理権を与えた旨の表示をし、その者がその与えられたと表示された代理権の範囲を越えて代理行為を行った場合であり、相手方が善意・無過失であれば、この場合にも表見代理は成立する。また、第112条第2項は、第112条第1項と第110条が重なる場合で、代理権が消滅した後に、以前に持っていた代理権の範囲を越えて代理行為を行った場合であり、相手方が善意・無過失であれば、この場合にも表見代理は成立する。なお、表見代理が成立する場合であっても無権代理であることに変わりはないので、相手方は第115条に基づいて代理権を有しない者がした契約を取り消すこともできるし、第117条に基づいて無権代理人の責任を追及することもできる。相手方がそのような選択をせずに、本人の責任を追及してきた場合に、表見代理の要件が満たされていれば、本人は無権代理行為の効果が帰属することを拒めないとなる。なお、責任を追及された無権代理人が、表見代理が成立しているとして責任を免れることは認められない。ただし、裁判などで表見代理の成立が認められた後は、「本人に効果が帰属した」として無権代理人は責任を負わなくてもよくなる。
では、なぜこの表見代理という制度があるのか?仮に表見代理の制度がなく、相手方からはいかにも代理権があるかのように見えたにもかかわらず、本当は代理権がなかった場合には本人に効果が帰属しないというルールだったらどうなるだろう?相手方としてはそのようなことになっては困るので、代理人との取引は拒否し、本人とでなければ取引しないという行動をとるであろう。そうなれば、代理人を使って取引をしようとする者も代理人が使えなくて困ってしまう。逆に言えば、代理人を使った取引が円滑に行えるため(「代理制度の信用維持のため」)には、表見代理という制度が必要なのである。