「民法」という名前の法律がある。市民生活に関する法律であり、もともとは明治時代に作られたものである。5つの編からなるが、大きく第1編〜第3編の財産法と第4編・第5編の家族法に分けられる。
家族法の部分は、第2次世界大戦後に、「家制度」が廃止されるなど大きく変更された。現在の家族法では、たとえば、夫の財産は夫のもの、妻の財産は妻のもの、子の財産は子のものとされていて、家族の中の個人がそれぞれ財産を持つという個人を中心とする考え方(個人主義、憲法第24条第2項「個人の尊厳」)がとられている。したがって、家族の中の誰かが借金をしたとして、その借金を返す法的な義務があるのは借金をした本人だけであって、その本人の夫や妻、親や子は返済の義務を負わないというのが原則である。
民法の「第4編 親族」では、夫婦や親子などの家族関係について定められていて、たとえば、配偶者のある者は重ねて婚姻することができない(重婚の禁止、第732条)とか、兄妹は婚姻できない(近親婚の禁止、第734条)などの規定がある。なお、男性と男性、女性と女性といった同性の者は婚姻できないという規定は民法には存在しない。このように法律には、少なくとも立法者は「当然のこと」と考えたので規定されていないものもある。だから、単に法律の条文を学習するだけでは法律について十分理解することはできない。実社会についてもよく知るとともに、昔は「当然のこと」と考えられていたことが、現在では必ずしも「当然のこと」ではなくなっていることもあり、法律が現在の日本社会にとって適切なものであるかどうかを常に注意して考えていくべきである。
民法の「第5編 相続」では、人が死亡した後、その人の財産はどうなるかといったことが定められている。生きている間は自分の財産は自由に処分することができるので、その延長として、死んだ後に自分の財産をどうするかを遺言(イゴン、ユイゴン)によって自由に定めることができる(遺言自由の原則)。遺言がない場合には、民法の規定に従って、近親者に配分されることになる(法定相続)。なお、相続される財産には、土地・建物や預貯金などのプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も含まれるが、相続は放棄することもでき(第939条)、放棄してしまえば借金を返す義務を受け継ぐことはなくなる(相続を放棄した場合はマイナスの財産だけでなく、プラスの財産も受け継がないことになる)。
財産法の部分については、2017年に大きな改正が行われ2020年4月から施行されている。民法に関することについて図書館やインターネットなどで調べたときに、それが2017年改正後の現行法に対応しているかどうかに注意を払う必要がある。
民法の「第2編 物権」では、所有権などの物に対する支配権(「物権(ブッケン)」)について定められている。物権の代表は所有権であり、それは「自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利」(第206条)である。「使用」は自分で使うこと、「収益」は他人に貸して賃料を得るといったことである。「処分」には、その物を消費する・加工する、といった物理的処分と、その物を他人に譲渡する、この後に説明する地上権や抵当権などを設定するといった法的処分が含まれる。所有者がその意思に反して自分の所有物の使用・収益を妨げられた場合、たとえば自転車を盗まれてしまって自分が使えなくなったという場合には、盗んだ人に対して自転車を返すよう求めることができる(「目的物返還請求権」)。また、自分の土地や建物に他人が勝手に住み着いて自分の使用を妨害している場合には、その他人に妨害をやめて出て行くように求めることができる(「妨害排除請求権」)。民法に明文の規定は存在しないが、物の支配権である「物権」については、一般に「目的物返還請求権」や「妨害排除請求権」が認められる(「物権的請求権」)。
「物を支配する」という中には、自分で消費・使用するという面(使用価値)と、他人に譲渡して対価を得るという面(交換価値)があるが、所有権は、この両方を持つ(第206条)。一方、地上権は、他人の土地を使用・収益するだけの権利である(第265条、所有者と契約を結んで所有権の一部を譲り受けたもの)。地上権のような、他人の物を使用・収益する物権を用益物権(ヨウエキブッケン)という。逆に、抵当権(第369条)は、所有権の中の「譲渡して対価を得る」という部分だけの権利である。たとえば、金銭を貸すときに、借りた人の土地に抵当権を設定しておく(「抵当に入れる」、「担保にする」)と、借りた人が期限までに返せなかった場合には、抵当権者(金銭を貸した人)はその土地を競売(ケイバイ、キョウバイ)にかけてその代金から貸した金銭を回収できるというものである。この抵当権のような権利を担保物権(タンポブッケン)という。
民法の「第3編 債権」では、特定の人に対して一定の行為を請求できる権利(「債権(サイケン)」)について定められている。債権の代表は、特定の人に金銭の支払いを請求できる金銭債権である。たとえば、AがBに金100万円を貸した場合、AはBに対して金100万円を返すよう請求できる債権を持つ。逆に、BはAに金100万円を返さなければならない義務を負う。このような債権に対応する義務を債務(サイム)という。債権を持つAは債権者、債務を負っているBは債務者と呼ばれる。債務者Bが債権者Aに金100万円を返すこと(債務を実行すること)を履行(リコウ)または弁済(ベンサイ)といい、債務者が弁済をすれば債権は消滅する(第478条)。金銭の貸し借りの契約を消費貸借(ショウヒタイシャク)という(第587条)。「消費する」とは、物や時間・エネルギ-などを使ってなくすことである。たとえば、米を借りた場合、借りた米を食べてしまえばなくなってしまう。そこで、借りた米と同種の米を同量、どこかから調達してきて、それを返すことになる。金銭も、使えば(その人の手元からは)なくなってしまうので、どこかから金銭を調達してきて返さなければならない。金銭などの使えばなくなってしまう物の貸し借りの契約が消費貸借であり、借りた物そのものは使ってなくなってしまうので、借りた物と「種類、品質及び数量の同じ物」を返すことになる。一方、使ってもなくならない物、たとえば友達から自転車を借りた場合、自転車を使った後で、借りた自転車そのものを返すことになる。このような借りた物を使用して借りた物そのものを返す契約のうち、借賃を払わないものを使用貸借という(第593条)。同じく借りた物を使用して借りた物そのものを返すのだが、借賃を払う契約は賃貸借という(第601条)。レンタサイクル・レンタカー、あるいはアパートを借りる契約などである。なお、消費貸借については、民法では借賃(金銭を借りたのであれば利息)を払わないのが原則とされており(第589条)、借賃を払うタイプに特別の名前は付けられていない。
金銭債権以外にも、さまざまな内容の債権がある。たとえば、建物の賃貸借契約が成立すると、借主は貸主に「その建物を使わせろ」と請求できる債権を持ち、貸主は借主に「家賃を払え」と請求できる債権を持つことになる。あるいは、建物の売買契約が成立した場合には、買主は売主に「建物を引渡せ」と請求できる債権を持ち、売主は買主に「代金を払え」と請求できる債権を持つことになる。また、商店でアルバイトをする契約が成立すると、店主(使用者)はアルバイター(被用者)に「仕事をしろ」と請求できる債権を持ち、アルバイター(被用者)は店主(使用者)に「賃金を払え」と請求できる債権を持つ。このような契約は雇用(コヨウ、労働契約)という。以上のように契約の多くは債権を発生させる(債権の発生原因)。そのため、民法では「第3編 債権」の中に「第2章 契約」があり、さらに、「第2章 契約」の中に「第3節 売買」、「第5節 消費貸借」、「第6節 使用貸借」、「第7節 賃貸借」、「第8節 雇用」など、さまざまな契約についての規定がある。なお、このように民法で名前が付けられている契約を有名契約(ユウメイケイヤク)または典型契約(テンケイケイヤク)といい、そうでない契約を無名契約(ムメイケイヤク)または非典型契約(ヒテンケイケイヤク)という。
契約以外で債権が発生する代表的なものは、事件・事故の場合の損害賠償である。たとえば、AがBを殴ってケガをさせたとする。ケガをしたB(被害者)は、A(加害者)に対して、治療費などの「損害を賠償しろ」と請求できる債権を獲得する(Bが債権者、Aが債務者となる)。このような損害賠償制度を不法行為といい、「第3編 債権」の「第5章 不法行為」のところに規定がある。
建物の売買契約を結んだが買主が代金を支払わない場合、裁判に訴えるなどして強制的に支払わせることも可能ではあるが、そもそも買主は金(財産)がないので払えないという場合には強制しても意味がない。そこで、このような場合には契約をなかったことにすることができる。これを契約の解除という。建物の賃貸借契約を結んだが借主が家賃を支払わないという場合も、やはり貸主は契約を解除することができる。そのような「相手方が契約を守らない場合には契約を解除することができる」という規定を、「第3節 売買」と「第7節 賃貸借」の両方に置いておく意味はない。そこで、共通してあてはまる規定はひとまとめにしてそれらの前、「第2章 契約」の「第1節 総則」に置かれている(第541条)。また、さきほど「買主が代金を支払わない場合は強制的に支払わせることができる」という話をしたが、これは契約だけでなく、不法行為で加害者が自分から損害賠償を払わない場合にも強制的に支払わせることができる。そこで、この規定は「第2章 契約」にも「第5章 不法行為」にも共通してあてはまる規定なので、それらの前、「第3編 債権」の「第1章 総則」のところに置かれている。「第3編 債権」の「第1章 総則」には、このような債権一般に共通する規定が置かれている。たとえば、債務者が債務を履行しない場合には、債権者は、裁判に訴えて強制的に履行させることができる(第414条)、損害賠償を請求できる(第415条)、それらとは逆に、もう債務を履行しなくてもよいとすることもできる(債務の免除、第519条)、などの規定がある。
では、民法の「第1編 総則」には、どのようなことが定められているのだろう。たとえば、本当は金メッキの装飾品なのに、「純金製である」とだまされて買う契約を結んだ場合(「第3編 債権 第2章契約 第3節 売買」)、だまされた買主はその契約を取り消してなかったことにすることができる。あるいは、親が死んで子2人が残されたが、片方が「実は親には借金がたくさんあった」とだまして相続を放棄させた場合(「第5編 相続」)、だまされて相続を放棄した方は、相続の放棄を取り消してなかったことにすることができる。このように「だまされて行ったことは取り消すことができる」ということは、第3編に規定されたことにも第5編に規定されたことにもあてはまるので、それらの前の「第1編 総則」に置かれている(第96条)。このように「第1編 総則」は民法全体に共通してあてはまる規定が置かれていることになっているのだが、さきほどの「だまされて・・・」という話でいうと、だまされて結婚(婚姻)した場合については、総則編の規定とは少し異なることが定めてある(第747条)。このように総則編の規定は家族法(第4編、第5編)にはそのままあてはまらないことも多いため、民法を財産法と家族法に分けたとき、総則編は財産法に入れられることが多い。
以上のように、民法は、法律の規定の側から見ると、共通する規定はひとまとめにして置かれているのでスッキリして見える。しかし、土地の売買をめぐってトラブルが起きたので、民法の規定を調べてみようとした場合を考えてみよう。契約のときには100㎡あるといっていたのに、実際に測量してみたら90㎡しかなかったという場合については、「売買」の節(「第3編 債権」の中の「第2章 契約」の中の「第3節 売買」)に関連する規定がある(第562条、第563条)。しかし、売主が土地を明け渡してくれないという場合には、契約を解除するなら契約の総則(「第3編 債権」の中の「第2章 契約」の中の「第1節 総則」)、強制的に明け渡させるなら債権の総則(「第3編 債権」の中の「第1章 総則」)を見なければならない。また、だまされて買ったので契約を取り消してなかったことにしたいというのであれば、民法の総則(「第1編 総則」)を見なければならない。つまり、土地の売買というような具体的な事実の側から関連する規定をみつけようとすると、あちこちにちらばっていてとてもわかりにくいものとなっている。そこで、民法を学習する場合には、まずは民法全体をおおまかに学習し、それを踏まえた上で、契約とか不法行為とかをより詳しく学習するのがよいと言われている。このテキスト(「民法概説」の講義)は、その最初の民法の財産法全体についてのおおまかな学習のためのものである。なお、そのために、細かな話として省略されていることも多いので注意して欲しい。