第7講 詐欺・強迫、消費者契約の規制

岡山商科大学法学部准教授 倉持 弘

ここでの重点

第1節 民法の詐欺・強迫

だまされたり、おどされたりして契約を結んでしまった場合、それは本人が自分の意思で結んだ契約とは言えず、また詐欺・強迫を行った者に対するペナルティ的な意味でも、後から取り消すことができるとされている(第96条)。第96条の「詐欺」とは「故意に他人をあざむいて錯誤に陥らせ、意思表示をさせること」であり、「強迫」とは「故意に他人に恐怖心を与えて、望まない意思表示を無理にさせること」である。なお、刑法には「脅迫罪」の規定があるが、「脅迫罪」は単に脅すことであり、脅して何かやらせた場合は「強要罪」となる。民法の「強迫」は脅して意思表示をさせることなので、刑法の「強要罪」に対応する。

詐欺の例として「原野商法」と言われるものがある。Aは土地を所有しているが、その土地は何もない原野で時価は1㎡あたり100円くらいだとする。しかし、「極秘の話だが、実はこの近くにリニア新幹線の駅が作られる計画があり、この計画が公表されれば何十倍、何百倍にも土地の値段はあがる」などと言ってBを騙して、Bに1㎡あたり1万円で売却する、といったものである。この場合、Bは「1㎡あたり1万円」で購入する意思で「1㎡あたり1万円」で購入するという表示をしているので、前講で述べた「意思と表示の不一致」には該当しない。しかし、「1㎡あたり1万円」で購入する意思を形成した動機に詐欺という違法な働きかけがあったことから、Bはこの契約を取り消すことができる、とされている。Aに脅されて1㎡あたり100円の土地を「1㎡あたり1万円」で買い取らされたという場合も同様に、意思と表示に不一致は存在せず、その意思を形成した動機に強迫という違法な働きかけがあった場合である。民法第96条は、このように違法な働きかけがあったことを考慮して詐欺・強迫を受けて意思表示をした者にその意思表示を取り消す権利を認めたものであるから、民法上の詐欺・強迫は故意に行われた場合に限られる。たとえば、さきほどの原野商法の例でいえば、売手であるAも本当に「近くにリニア新幹線の駅が作られる」と信じていた場合には、第96条による取消しは認められないことになる(次節の動機の錯誤による取消しが認められる可能性はある)。

第2節 動機と動機の錯誤

ある土地やある株式が値上がりすると思って(動機)購入することにした。ところが、その思惑に反して購入したものが値上がりしなかった、逆に値下がりしてしまったとしても、だからといってその売買をなかったことにして「代金を返してくれ」ということはできない。一般的な言い方をすれば、契約を締結すると決めた動機は個人の自由であって、詐欺・強迫といった違法な働きかけがない限りは法律は関与せず、思惑通りに値上がりしたものを売却して利益を得ることも自由であるが、思惑に反して値下がりして損失を被った場合にはその損失は自分が負担しなければならないのが原則である(自由には責任が伴う)。

では、次のような場合はどうだろうか。古い幽霊の絵を見て、この絵は円山応挙の真筆であると考えて(動機)その絵を購入することにしたのだが、実はその絵は偽筆であったという場合、売主がどうだったかによって次のような3つのパターンが考えられる。まず、①売主・買主ともにその絵は円山応挙の真筆であると考えて双方ともその絵は真筆であるという前提で取引をした場合、次に②売主は真筆だとは言っていないが、買主は真筆だと考えて掘り出し物を見つけたと思って取引した場合、最後に③売主は偽筆だと知っていて買主を騙して買わせた場合、である。③の場合は前節で述べた詐欺であり、この場合には、第96条の要件が満たされていれば買主は契約を取り消すことができる。そこでは騙した売主が故意に騙したことが必要であるが、騙された買主に過失(不注意)があっても、詐欺を理由とした取消しはできる。②については、この節の最初に述べたように、買主の判断の誤りについては買主自身が責任を負うべきであって、契約は有効で取り消すことはできないとすべきであろう。しかし、①の場合についても契約は有効で取り消すことはできないとするのは妥当とは言えず、従来の判例は「動機が表示されて意思表示の内容となっていた場合」には動機の錯誤も無効となりうる(2017年改正前は錯誤の効果は無効であった)としていた。2017年改正では、従来の判例を取り入れて「法律行為の基礎とした事情についての錯誤」(第1項第2号)については、それが「表示されていたときに限り」(第2項)取り消すことができるとされた。なお、錯誤を理由として取り消すには、第1号の錯誤と同じく、錯誤が重要なものであること(第1項柱書)、原則として錯誤者に重大な過失がないこと(第3項)も必要である。

第3節 詐欺取消しと第三者

AがBにだまされて自分の不動産をBに売却し、Bはその不動産をCに転売したとする。その後、Aがだまされていたことに気がついてA・B間の売買契約を取り消したとする。第96条第3項は「前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。」と定めているため、Cが善意・無過失(詐欺を知らず、知らないことについて過失もない)であった場合には、AはA・B間の売買契約を取り消したことを対抗できない、つまりCの方で取消しを認めない限りCとの間ではA・B間の売買契約は有効なものとして扱われ、そのBから買い取ったCが所有者であり、Aは善意・無過失のCに土地の返還を求めることはできないことになる(Cが悪意または善意・有過失であれば返還を求めることができる)。また、たとえばBがCからの借金についてAに保証人になってもらうに際して、本当は違うのだが「自分には財産がたくさんあるから決して迷惑をかけることはない」とAを騙して保証人になってもらったとする。保証契約は、保証人となろうとする者(A)と債権者(C)との間で結ばれるものである(第15講参照)から、保証契約については債務者(B)は第三者であり、この事例は「第三者の詐欺」と言われるケースになる。そして、第96条第2項は「相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。」と定めているので、AはCが悪意または善意・有過失であれば保証契約を取り消すことができるが、Cが善意・無過失であれば保証契約を取り消すことができないことになる。そして、第96条は第1項で「詐欺または強迫」と詐欺と強迫を並列に規定しておきながら、第2項第3項では「詐欺による取消し」についてのみ規定していることから、強迫の場合は詐欺とは逆、つまり強迫による取消しは善意・無過失の第三者にも対抗できるし、第三者の強迫の場合には意思表示の相手方が善意・無過失であっても取り消すことができると解されている(反対解釈)。

詐欺と強迫について、このように異なる規定がなされているのはなぜだろうか。現在の民法は基本的には明治時代に作られたものであり、当時の取引では両当事者が同等の知識を持っていることが一般的であったため、民法の起草者は、だまされたとしたらそれはだまされた者にもうかつな点があった(しっかり注意していればだまされない、「買主注意せよ」)として、詐欺にあった者とそういった事情を知らない(善意)者とを比較した場合には後者の方をより厚く保護し、逆に強迫についてはそのように考えることはできないので、強迫にあった者をより厚く保護する、と考えたためである。しかし、現代においては、高度な科学技術によって作られた商品(IT機器、医薬品など)や複雑な契約によって規律される商品(保険など)などが多数存在するようになり、消費者は事業者の説明に頼らざるを得ない状況となっている。そのため、とりわけ消費者契約の分野では、事業者に適切な説明を義務づけるべきであるという考え方が強くなってきている(消費者契約法第3条参照)。そのような考え方が民法にも反映され、2017年改正により、第2項については「相手方がその事実を知っていたときに限り」とされていたものが「相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り」に改められて詐欺を受けた者が取り消せる場合が増え、第3項については「善意の第三者」とされていたものが「善意でかつ過失がない第三者」に改められて第三者が保護を受けられる場合が限定され、その分だけ詐欺を受けた者の保護が厚くなった。

第4節 消費者契約の規制

前節で述べたように、現代において消費者は商品の選択に際して事業者の説明に頼らなければならない状況となっている。このことを象徴するような事件が1960年に起きたニセ牛缶事件である。この事件は、缶詰めの中にハエの死骸が入っていたとして保健所に届けられた「牛肉大和煮」缶詰を調べたところ、その中身がクジラの肉であったことがわかり、さらに他社の「牛肉大和煮」や「コンビーフ」として売られていた缶詰を調査したところ、全国で20社あまりあった缶詰メーカーのうち、牛肉100%のものはわずかに2社しかないことがわかったというものである。この事件がきっかけとなって制定されたのが不当景品類及び不当表示防止法(景表法)である。この法律は「一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれのある行為の制限及び禁止について定めることにより、一般消費者の利益を保護することを目的」(第1条)として、「実際のものよりも著しく優良である」とする表示や「事実に相違して」「他の事業者」のものよりも「著しく優良である」とする表示(優良誤認表示、第5条第1号)を禁止し、違反があった場合には表示の差止めや課徴金の支払いを命じることができると定めている(行政規制)。この優良誤認表示に該当するか否かは客観的に判断され、民法の詐欺とは異なり事業者に騙そうという故意があったかどうかは問題とならない。事業者自身も表示が正しいと信じていた場合でも「実際のものよりも著しく優良である」とする表示であれば優良誤認表示となる。したがって、事業者が優良誤認表示をしないよう注意しなければならないこととなる(「売主注意せよ」)。

訪問販売なども「一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれのある行為」といえる。自宅でくつろいでいたところ、突然販売員が来て商品のセールを始め、そのセールストークにつられて契約を結んでしまったというような場合、特定商取引法により、8日以内であれば、無条件で(=違約金などを払う必要なしに)解約ができる。これをクーリング・オフという。このようなことが認められる理由は、突然販売員が来てセールスを始めることから、消費者が他の商品・他の店舗との比較の機会を奪われるから(不意打ち的勧誘、不招請勧誘)である。したがって、通行中に声をかけられてセールスを受けるキャッチセールスや、自宅に突然電話がかかってきてセールスを受ける電話勧誘販売も、訪問販売と同じく不意打ち的勧誘となることからクーリング・オフが認められる。しかし、消費者が自ら店舗に出向いて購入した場合や、自ら販売会社に連絡をとって購入する通信販売の場合には、事前に他の商品・他の店舗との比較が可能であると考えられるので、法律上、消費者にクーリング・オフ権は認められていない。通信販売の場合には、法律によってではなく販売業者との契約によって一定の場合には解約(返品)が認められることがあるが、どのような場合に解約(返品)できるかは販売業者によって異なるので、あらかじめ確かめておくことが望ましいだろう。

事業者に適切な表示・説明をすることを義務づけるものとしては、2000年に成立した金融商品販売法、消費者契約法もある。利息に対する貸金など、収益を生み出すもととなる財産を元本(ガンポン)という。たとえば、土地を有償で貸し出した場合、その土地から地代という収益が生じるので、その土地が元本ということになる。銀行に預金した場合には、利息という収益が得られるので、その預金した金銭が元本である。また、金銭で株式を購入した場合には、株式配当という収益が得られるので、株式を購入した金銭が元本である。たとえば、100万円を銀行に預金した場合、利息がどれだけ得られるかは利率と期間によって異なるが、あずけた100万円(元本)が減少することはない。このことを預金については「元本が保証されている」、「元本保証がある」などという。一方、100万円である会社の株式を購入した場合、その株式を売却する際に120万円で売れることもあるが、80万円でしか売れないこともある(元本欠損、元本割れ)。株式については「元本が保証されていない」、「元本保証がない」、「元本欠損のおそれがある」のである。自分の持っている金銭を銀行に預金するか、株式などに投資するか、その他の金融商品を購入するかを考える際には、この元本保証があるかないかというのは非常に重要な問題となる。実際、1998年から銀行の窓口で投資信託の販売が認められるようになったのだが、銀行預金と同じく元本保証があると思って購入したのに、元本割れして損失を被ったという事例が多発した。このような問題を受けて2000年に制定されたのが金融商品販売法である。金融商品販売法では、金融商品販売業者が、金融商品を販売するに際して、(預貯金とは違って)元本欠損のおそれがあることなどの重要事項を説明すること、(「この株は絶対値上がりする」というような)不確実な事項について断定的判断を提供してはならないこと、を定めており、それに違反して顧客が損失を被った場合には、損害賠償義務を課している。また、同じ年に制定された消費者契約法では、事業者と消費者との契約一般について、事業者が重要事項について事実と異なることを告げ消費者がそれを事実と誤認した場合や事業者が不確実な事項について断定的判断を提供し消費者がそれを確実だと誤認した場合について、消費者はその契約を取り消すことができると定めている。


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