第4講の最後で述べた通り、売買の対象は財産権であり、民法では物権(民法典第2編)と債権(民法典第3編)という2つの財産権が規定されている。
物権とは、物を直接に支配できる権利であり、その代表は所有権(第206条)である。第206条には「使用、収益及び処分」とあるが、「使用」とは所有者がその物を自分で使うことであり、「収益」とは他人に貸して賃料を取るといったことである。「処分」には、所有物を食べるなど消費する、調理など加工・改造する、廃棄するといった物理的な処分と、所有物を他人に譲渡する、地上権などの用益物権を設定する、抵当権などの担保物権を設定するといった法律的な処分が含まれる。さらに、「使用、収益、処分」といった言葉にあてはまらないようことであっても所有者は自分の所有物を自由に扱ってよいとされており、これを「所有権絶対の原則」という。近代民法の基本原則の一つである。しかし、憲法第29条第2項第3項にあるように、現代においては所有権も「公共の福祉」等によって一定の制限を受けることがある(民法では第1条第1項「公共の福祉」および第206条「法令の制限内において」)。また、「所有権絶対の原則」は物の所有者が自由にその物を譲渡するか否かを決定することができるということであるから、「契約自由の原則」とあわせて市場経済体制に対応するものである。
物権の対象となる「物」について、民法は「不動産」と「動産」に分けて規定している(第86条)。土地や建物を「不動産」ということは聞いたことがあると思うが、民法では「土地及びその定着物」を「不動産」、それ以外の物を「動産」と定義している。したがって、土地に生えている樹木なども不動産である。なお、日本では土地とその土地の上に建っている建物は別々の物とされているが、その土地に生えている樹木はその土地の一部であるとするのが原則である。「別々の物」であるか、「一部」であるかというのは、たとえば土地の売買が行われた場合、その土地の所有権は売主から買主に移転するが、その土地の上に建っている建物の所有権は、別途契約を締結しなければ買主には移転しない。一方、その土地に生えている樹木は買主のものとなるということである。なお、土地とその上に建っている建物をひとまとめにして譲渡する契約を結んだり、土地の上に生えている特定の樹木だけを土地とは別に譲渡したり、土地は譲渡するがその土地の上に生えている特定の樹木は譲渡しないといった契約を結ぶことも可能である。
物権は、誰に対してでも主張できる権利(絶対権)である。「物権を主張する」というのは、たとえば動産であればその物を持ち去られるということが起きるが、そのような場合に所有者は自分の所有物を返還するよう請求することができる(「目的物返還請求権」)。所有物を持ち去った者が誰であっても、返還を請求することができる。また、不動産であれば、それが持ち去られるということはないが、他人が勝手に住み着いているというような場合に、所有者は自分の所有物の利用が妨害されているとしてその者に出て行くように請求することができる(「妨害排除請求権」)。さらに、実際に妨害が生じていなくても妨害が予想される場合には「妨害予防請求権」が認められる。「目的物返還請求権」、「妨害排除請求権」、「妨害予防請求権」の3つをまとめて「物権的請求権」という。「物権的請求権」は民法上に明確な規定は存在しないが、一般に認められている。
物権は誰に対してでも主張できる権利(絶対権)であるから、仮に私人が勝手に新しい内容の物権を創り出すことができるとしたら、多くの人がその影響を被ることになってしまい問題がある。そのため、新しい内容の物権を私人が勝手に創り出すことは認められず、法律に定められたもののみが物権とされている(物権法定主義、第175条)。
一つの物については一つの所有権しか存在しえないとされる。これを一物一権主義とか、物権には排他性があるという。たとえば、Aが所有する土地について、Bが自分の土地だと偽ってCに売却した場合、Aが所有権を持っている以上はCが所有権を持つことはできず、Aから返還を求められればCはAに返還しなければならないことになる。このような問題を避けるためには、土地を購入しようとする者(C)がその土地の所有者が本当は誰なのかを事前に確認できる仕組みが求められる。誰でも土地の買手になることはできるので、土地の所有者が誰であるかを世間一般の人が知ることができるようにすること(「公示」)が必要とされる。一般に物権の譲渡など(物権変動)が行われた場合にはそれを公示する必要があるとされ、これを「公示の原則」という。不動産の物権変動は「登記」によって公示されることになっている(第177条)。登記所に登記記録(登記簿)があり、不動産の譲渡などが行われた場合には登記所に申請することとなっている(申請しないとどうなるかは、第11講で解説する)。したがって、登記記録にはこれまでの物権の変動すべてが記録されていることになっていて、それをすべて知りたければ登記事項証明書を、現在の所有者など現在の権利関係だけを知りたいのであれば登記事項要約書の交付を登記所に申請すれば良い。証明書・要約書ともに誰であっても申請することができる。動産の物権の譲渡の公示は「引渡し」によるとされている(第178条)。
債権とは、特定の人に一定の行為を請求できる権利である。たとえば、AがBに金100万円を貸した場合、AはBに対して金100万円を返すよう請求できる債権を持つ。Bは、Aに金100万円を返さなければならない義務を負う。このような債権に対応する義務を債務(サイム)という。債権を持つAは債権者、債務を負っているBは債務者と呼ばれる。債務者Bが債権者Aに金100万円を返すこと(債務を実行すること)を履行(リコウ)または弁済(ベンサイ)という。弁済(履行)がなされれば債権(債務)は消滅する(第473条)。債務者が自ら債務を履行しない場合には、債権者はその履行の強制を裁判所に請求することができる(第414条)。ただし、それには債権を行使できることを知った時から5年または債権を行使できる時から10年という期間制限がある(消滅時効、第166条、詳細は「民法総則」の講義で)。債権の代表は、このような特定の人に金銭の支払いを請求できる金銭債権であるが、債権の内容は金銭の支払いに限らずさまざまなものがありうる。たとえば、土地の売買契約が成立した場合、売主は買主に対して「代金を支払え」と請求できる債権(金銭債権)を持ち、買主は売主に「土地を明け渡せ」と請求できる債権を持つ。アパートの賃貸借契約が成立した場合には借主は貸主(大家)に「アパートを使わせろ」と請求できる債権を持ち、商店でアルバイトをする契約が成立した場合には商店主(使用者)はアルバイター(被用者)に対して「労働しろ」と請求できる債権を持つ。
日常生活では、債権=貸した金を返せという権利、債務=借金というような意味で使われることが多い。そして、それを紙(証券)にしたものが債券である。たとえば、国債は国に対して金銭の支払いを求める債権であり、国の側からみれば債務(借金)である。社債は、その社債を発行した会社に対して金銭の支払いを求める債権であり、会社の側からみれば債務(借金)である。債権も譲渡することができる(第466条)が、証券にすることで譲渡が行いやすくなる。
物権が誰にしてでも主張できる権利であるのに対して、債権は債務者に対してしか主張できないのが原則である(相対権)。たとえば、AがBに100万円を貸して、その100万円の返済を求める債権を得たとする。その場合、Aが「100万円払え」と求めることができるのはBに対してだけであって、CやDに「Bに代わって100万円払え」と請求することはできない。それはCやDがBの配偶者や親や子であってもそうである(第1講第1節参照)。そして、債権は債権者と債務者との間だけの関係であって他の人には(法的には)影響を与えないので、債権の内容は当事者(債権者になろうとする者と債務者になろうとする者)が合意すればどのような内容の債権を作り出しても構わないとされる。多くの場合は契約を結ぶことで債権を作り出すが、その内容は自由である(契約自由の原則)。契約は契約を締結した当事者間に権利義務を生じさせ、当事者以外の者(第三者)には権利義務を生じないのが原則であり、例外的に第三者に権利を与える契約を締結することが認められているが(第三者のためにする契約、第537条)、その場合でもその第三者がその権利を得る意思表示(受益の意思表示)をしなければ第三者が実際に権利を得ることはない。
所有権については一物一権主義があるのに対して、債権については、同一の債務者に対して同じ内容の複数の債権が成立する。たとえば、AがBから100万円借りた場合、BはAに対して100万円の支払いを求めることができる債権を獲得する。そして、AがCからも100万円借りたとすれば、CもAに対して100万円の支払いを求めることができる債権を獲得し、B・Cともに1人の債務者Aに対して同じ内容(「100万払え」)の債権を獲得することになる。また、Aが歌手でBホテルの5月5日のディナーショーに出演する契約を結んだとすると、それによってBホテルはAに対して「5月5日のディナーショーに出演せよ」と請求することができる債権を獲得する。そして、AがCホテルとも5月5日のディナーショーに出演する契約を結んだとする(ダブルブッキング)。この場合、CホテルもAに対して「5月5日のディナーショーに出演せよ」と請求することができる債権を獲得することになる。法的にはBの債権とCの債権の両方が成立し、さきほど述べたように債権は債務者に対してのみ主張できる権利であるから、両方のホテルは歌手Aに対してはディナーショーに出演するよう請求することはできるが、CホテルがBホテルに対して何か請求することはできないし、BホテルがCホテルに何らかの請求をすることもできない。もちろん、Aが両方のホテルに出演することはできないので、どちらか片方のホテルとの契約は不履行ということになる。例えば、Bホテルに出演し、Cホテルとの契約は不履行となった場合、CホテルはAに対して損害賠償を請求することはできるが、Bホテルに対しては何の請求もできないのが原則である。このような問題を避けるためには債務者となるAが注意すればよいことであり、物権のように債権の存在を第三者に公示する必要はない。
債権は債務者に対してしか主張できない権利(相対権)であるのに対して、物権は誰に対しでも主張できる権利(絶対権)であるということから、債権については債権者となろうとする者と債務者になろうとする者が合意すればどのような内容の債権を創り出しても構わないとされるが、物権については私人が勝手に新しい内容の物権を創り出すことはできず、法律に定められたもののみが物権とされる(物権法定主義)。
債権は1人の債務者に対して同じ内容の債権が複数成立するのに対して、物権については一つの物の上にはまったく同じ物権は一つしか成立しないので、物権に変動があった場合にはそれを公示することが求められる(公示の原則)。
原則としては以上のようになるが、例外もある。たとえば土地の賃貸借契約が締結された場合、借主は貸主に対してその土地を使わせるよう請求することができる債権を持つ。それは債権なので、その土地に勝手に住み着いている人(不法占拠者)がいた場合にその不法占拠者に対して借主が直接出て行くように請求することができないと考えられていたが、2017年改正によって直接の妨害排除請求が認められるようになった(第605条の4)。また、債権譲渡特例法によって、債権の譲渡を登記することも現在では認められている。