第14講 誤って他の人に弁済したとき、債権者平等の原則

岡山商科大学法学部准教授 倉持 弘

ここでの重点

第1節 さまざまな弁済方法

弁済とは、債務者が債務の内容をその通り実現すること(「債務の本旨に従った履行」)であり、弁済がなされれば、それによって債権は消滅する(第473条)。また、「債務の内容をその通り実現する」ものではないが、債権者にそれと実質的に同等の満足を与え、債権の消滅という効果を生じるものがある。

債務は債務者が弁済すべきものであるが、第三者が債務の内容を実現した場合でも、債権者はそれによって満足を得られるので、債権は消滅する。これを第三者弁済という(第474条)。たとえば、子の借金を親が代わりに弁済するといった場合である。親と子は法的には別々の人格であり親が子の債務を弁済する義務はないので、この場合は第三者弁済となる。第三者弁済が行われた場合、弁済をした第三者は債務者に対して、自分が債務者の代わりに債権者に支払ったものの支払を求めることができる(求償権、第499条)。

債権者と弁済者とが合意すれば、本来の債務内容とは異なるものを給付することによって債権を消滅させることもできる。これを代物弁済という(第482条)。たとえば、50万円支払うという債務について、50万円支払うことに代えて弁済者の自動車を債権者に譲渡するといったものである。もちろん、弁済者が一方的に債務内容を変更することは認められず、債権者と弁済者の合意で行わなければならないものであるから、代物弁済は債権者と弁済者による契約である。ただし、債権消滅の効果を生じるのは、合意(契約)がなされた時点ではなく、実際に代わりの給付がなされた時点である。

たとえば、AがBに100万円の債権を持ち、BもAに80万円の債権を持っているという場合、Aが80万円の現金を用意してそれでBに弁済し、BがAから受け取った80万円に20万円を加えてAに弁済しなければならない、というのはムダな手間である。このような場合には、80万円分については、実際に現金のやりとりをしなくても、互いに債権が消滅したものとすることができる。それが相殺(第505条)である。相殺は、「二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるとき」(第505条)に、一方の当事者の意思表示によって行うことができる(第506条)。相殺が行われると、双方の債務は対当額で消滅する(第505条)。実際の現金のやりとりを省略できる簡便な決済方法である。

第2節 誤って他の人に弁済をしたとき

たとえば、BがAから10万円を借りたとする(Aが債権者、Bが債務者)。BがAに10万円を弁済すればそれによってAの債権は消滅する。Aから債権の回収を依頼されたCがBに弁済を求め、それに応じてBがCに10万円支払った場合(Cに弁済を受領する権限がある場合)も弁済によって債権は消滅する。一方、Cが勝手に「Aに頼まれた」と嘘をついてBに弁済を求めたのでBがCに10万円支払ったという場合(Cに弁済を受領する権限がない場合)には、Aの債権は消滅しないのが原則である(なお、第479条)。しかし、たとえば銀行の預金通帳と印鑑を盗み出した者が銀行にそれらを提示して預金の払い戻しを求めた場合のように、いかにも弁済を受領する権限があるように見える者に弁済した場合でも債権は消滅せず、債務者は本来の債権者にあらためて弁済しなければならないというのは妥当ではない。そこで、第478条は「受領権者以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するものに対してした弁済」は、弁済者が善意・無過失(過失なく受領権者だと信じた)であれば、弁済としての効力がある(債権が消滅する)と定めている。この場合、債権者は債務者に再度の弁済を求めることはできず、債権者が受領者に対して不当利得返還請求(第703条以下)または損害賠償請求(第709条)をすることができる。一方、弁済者が悪意または善意・有過失であった場合には、債権は消滅していないので、債務者はあらためて債権者に弁済する必要があり、弁済者が受領者に不当利得返還請求または損害賠償請求をすることができる。

第478条のような規定がなければ、債権者以外の者が弁済を求めてきた場合に、その者が本当に受領権があったとしても、債務者は安心して弁済をすることができないことになり、債権者が他人を使って債権を回収することが難しくなってしまう。これは表見代理の規定と同じく、(弁済受領権や代理権などの)権利を持っているという外観を信じた者を保護するという考え方に基づくものであり、この考え方を権利外観法理という。ただし、表見代理の場合には本人の帰責事由が必要とされていたのに対して、第478条では債権者の帰責事由は必要とされていないという違いがある。それは代理人と取引をする相手方はその取引を断ることもできるのに対して、債務者は弁済をしなければ債務不履行責任を負わされる立場にあり、明確な理由なしには弁済を拒絶できないためである。

最後に、さきほど第478条が適用される例として銀行の預金通帳と印鑑を盗み出した者が預金の払い戻しを求めた場合をあげたが、盗み出したり、偽造したりしたキャッシュカードを利用して預金の払い戻しを受けた場合については、2006年から「偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律」(偽造・盗難カード預金者保護法)という特別法が施行されており、預金者に重大な過失(暗証番号を他人に教える、カードに記載するなど)がない限り、金融機関が預金者の被害を補償することが義務づけられている。

第3節 債権者平等の原則と担保

1人の債務者に対して複数の債権者がいた場合、債権の発生原因や発生時期にかかわらず、各債権者は原則として平等に弁済を受けることができる(債権者平等の原則)。この平等とは、頭割りで平等ということではなく、債権額に比例して平等ということである。たとえば、債務者Aに対して、Bが1000万円の債権、Cが500万円の債権を持っているとする。Aが任意に弁済してくれないので、BはAの所有する不動産から債権を回収することを裁判所に申し立てたとする(強制執行、第12講参照)。それによって、裁判所の管理の下でAの不動産は競売にかけられ、その売却代金からBへの弁済が行われることになるのだが、このときCが自分にも弁済するよう要求(配当要求)すればCにも弁済が行われる。競売費用などの細かな説明は省略するが、Aの不動産がB・Cの債権額の合計よりも高い値段で売れた場合にはB・Cとも債権全額の弁済を受けられるが、それより安い値段でしか売れなかった場合には、債権者平等の原則に従って、債権額に比例して平等に弁済を受けることになる。たとえば、競売の結果、債務の弁済にあてることができる額が1200万円となった場合、BとCの債権の額は1000万対500万=2対1の割合なので、Bが800万、Cが400万と2対1の割合で弁済を受けられることになる。

以上の話を踏まえて、知人から多額の金銭を貸してくれるよう頼まれた場合を考えてみよう。知人は不動産を所有していて、いざとなればその不動産から貸金を回収できそうであるが、しかし、その知人に他にも債権者がいた場合には、上記の例のように貸金の全額を回収できないかもしれない。もちろん、その他にも貸金の回収が危ぶまれることはありうるので、そのようなことに備えて債権の回収を確実にするための各種の法的制度を担保という。担保は大きく人的担保と物的担保に分けられる。人的担保とは、債務者以外の者の一般財産を担保とするものであり、その代表は保証である。保証は、債権者と保証人となろうとする者が保証契約を結ぶだけで設定でき、保証契約によって保証人となった者は、債務者が弁済しないときに代わりに弁済する義務を負う。つまり、債務者の資産状態が悪化して債務を弁済できなくなったときには、保証人に弁済するよう求めることができるので、それだけ債権を回収できる確実性は高まる。しかし、保証人の資産状態が悪化することもあるため、債権回収の確実性は物的担保に比べ低いと言われる。物的担保とは、債務者または第三者の特定の財産を担保とするものであり、その代表は抵当権である。抵当権は、債務者または第三者の不動産を担保とする物権であり、不動産に関する物権であるから登記をする必要があり(第177条)、設定手続が煩雑となる。しかし、先ほどの債務者AにB(債権額1000万円)とC(債権額500万円)の2人の債権者がいて、Aの所有する不動産を競売にかけたところ1200万円が債務の弁済にあてられるという例でいうと、B・Cの両方とも抵当権をもっていなければ債権者平等の原則に従って、Bが800万円、Cが400万円の弁済を受けることになるが、Cが抵当権を持っている場合には、抵当権者は債権者平等の原則の例外として「他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利」(優先弁済権、第369条)を持つので、抵当権者Cが500万円の債権全額の弁済を受け、Bは残りの700万円しか弁済を受けられないということになる。抵当権は、このように抵当権を設定した不動産の価額の範囲内であれば、債権を回収できる確実性が高い担保といえる。

担保制度は、債権の回収を確実にするための制度であるから、まずは債権者の利益のためのものといえる。しかし、金銭を貸しても返してもらえそうにない人に貸そうという人はあまりいないであろう。そのようなときは、保証人をたてるなどして「借りた金銭は確実に返します」という状態を整えれば、そういう人でも金銭を借りることができるようになる。つまり、担保制度は、まずは債権者の利益のためのものであるが、一回りして債務者の利益にもなるものである。

担保についてもう一点付け加えると、日本では事業用の資金を調達する際に担保が重要となっているということがある。企業が資金を調達する場合、株式や社債などを発行して投資家から直接資金を調達する場合を直接金融、銀行などから借りる場合を間接金融という。日本では従来、一般家庭の当面使う予定のない資金などは銀行に預金され、銀行がそれを企業に貸し出すというパターンが多かった。近年、「貯蓄から投資へ」ということが言われるが、それは逆に言えば、少なくともこれまでは「貯蓄」の割合が多かったということである。そして「貯蓄」された資金を銀行が企業に貸すのだが、その際には貸した金銭の確実な回収のため「担保」を重視することが多い。そのようなことから、担保制度をきちんと理解しておくことは特に企業法務において重要なものとなっている。


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