第12講 慣習・任意規定による契約内容の補充

岡山商科大学法学部准教授 倉持 弘

ここでの重点

第1節 合意から生じる義務

第4講で述べたように、契約とは「当事者の意思の内容通りの法律効果を発生させる行為」(法律行為)である。たとえば、第555条は「売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。」と規定しているので、売主が買主に移転する「財産権」(売却される商品)は何か、また買主が売主に支払う「代金」はいくらか、の2点について合意(「約する」)があれば、売買は当事者の合意した通りに「その効力を生ずる」し、逆に少なくともそれらについての合意がなければ売買としての法的効力は生じない。また、この2点以外のこと(たとえば、代金はいつ、どこで、どういう方法で払うか、など)についても合意があれば、その合意の内容通りに効力が生じる。

現代の消費者契約のように企業が多数の消費者と契約を結ぶような場合について、商品や代金についてはともかく、その他の細かな部分についてまで消費者1人1人と個別に話し合って合意を得ていたのでは多くの手間がかかることになるので、契約の一方の当事者(約款作成者)があらかじめ画一的な契約条項を定めておいて、「それを契約内容とする」という形で契約が締結されることがある。この一方の当事者によって事前に作成された画一的な契約条項を約款(ヤッカン)という。なお、実際の取引では「約款」という名称だけでなく、「標準契約書」、「取引規定」、「取引約定」、「会員規約」といった名称が用いられることもある。約款については、それを契約内容とする旨の合意があった場合に、約款の内容が合意の前または後に遅滞なく表示されることを条件に、契約内容となる、と規定されている(第548条の2第1項、第548条の3)。

日常生活でよく目にするであろう約款としては、パソコンやスマートフォンに新しいアプリをインストールしようとした場合に表示される「使用許諾契約書」がある。多数の条文で細かな内容がいろいろと規定されているが、多くの人がそれを読むことなく(契約書に)「同意します」を選んでアプリをインストールしているのではないだろうか。あるいは読んだとしても、条文の書き方が難しくて、十分にその内容を理解しないまま「同意」していることも多いであろう。契約の法的効力は、基本的には「当事者がそれを望んでいる」という当事者の意思から生じるものと考えられているが、約款の内容(個々の条文)については、約款作成者の相手方が「それを望んでいる」とは言えない。そういった観点から、約款の内容に、それ以外の契約内容(売買の目的物は何か、代金はいくらか、など)と同じような法的効力を認めてよいかについては疑義が生じることになる。また、約款は約款作成者が一方的に作成するものであるため、約款作成者にとって有利(相手方にとって不利)な内容が盛り込まれることもある。たとえば、約款作成者が過失で履行しなかった場合でも、相手方に損害賠償をしなくてもよい、あるいは損害賠償額を非常に低い金額に限定するといった条項などである。約款の中にそのような不当な条項が含まれていたとしても、相手方はそれを知らずに「同意」してしまう、あるいは知ったとしても、契約が履行されないことはほとんどないと考えて「同意」してしまう、あるいは「同意」したくはないのだが、不当な条項の変更を求めても約款作成者は変更に応じてくれないので、やむなく「同意」してしまう、というようなことが起きてしまう。そのため、当事者の合意によって定められた契約内容を裁判所が変更することは原則として認められないのであるが、約款については例外的にその内容について一定の規制が加えられている(第548条の2第2項)。また、消費者契約法第8条〜第10条にも契約内容についての規制が定められている。消費者契約法は、法文上は、消費者契約(事業者と消費者の契約)を規制対象としており、約款を用いた契約に限定されてはいないが、現実には消費者契約の多くが約款を用いた契約となっている。

第2節 契約内容の補充

第1節で述べたが、売買契約で代金をいつ、どこで支払うかについて、当事者間に合意があればその合意に従うことになる。では、合意がなかったときはどうなるだろうか。たとえば、買主が代金を支払わないので売主が訴訟を起こして代金を支払えと請求した場合、代金をいつ支払うかについて契約で定めていなかったからといっていつまでも代金を支払わないでよいというのはおかしいから、何らかの方法で代金の支払期限を定める必要がある。これが契約内容の補充と言われる問題である。なお、契約とは「当事者の意思の内容通りの法律効果を発生させる行為」(法律行為)であるから、契約書などで明示的に示されていなくても、契約を締結した際の事情などから当事者の意思が推測できるのであれば、その推測された当事者の意思に従って契約内容は補充されるべきであるというのが、第一である。

売買代金の支払期限については、第573条に「売買の目的物の引渡しについて期限があるときは、代金の支払についても同一の期限を付したものと推定する。」という規定があるので、契約で代金の支払期限は定められていないが目的物の引渡し期限が定められていた場合には、その目的物の引渡し期限が代金の支払期限となる。この第573条などのような、当事者が定めていない事項について補充するために使われる規定を任意規定という。第91条は「法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。」と定めているが、この「公の秩序に関しない規定」が任意規定である。たとえば、賃貸借についての第614条本文は「賃料は、動産、建物及び宅地については毎月末に、その他の土地については毎年末に、支払わなければならない。」と定めている。この条文の「月末」というのは「当月末」のことなので、アパート(建物)を賃借している場合、第614条に従えば、5月分の家賃は5月末に支払わなければならないということになる。しかし、実際のアパートの賃貸借契約では、家賃は前月末に支払うことなどと定められていることが多い。契約の当事者がそのように定めていれば(「異なる意思を表示したとき」)、第614条ではなく、その契約の定め(「その意思」)に従うことになる。第614条などの任意規定は、そういった意味では、「従わなくてもよい規定」であり、当事者が任意規定とは異なることを定めている場合には当事者の定めの方が優先する。逆に、当事者が定めていない事項が問題となった場合には任意規定に従うことになるという意味で、任意規定は契約内容の補充に使われる規定である。

第91条の「公の秩序に関しない規定」の逆の「公の秩序に関する規定」を強行規定という。第91条の反対解釈により、強行規定と異なる意思が表示されたとしてもその意思には従わない(強行規定に従う)、つまり契約で強行規定とは異なることが定められていても、それは法的効力を持たない(無効である)ことになる。たとえば、第96条は騙されて契約を結んでしまった場合にはそれを取り消すことができることを定めているが(第7講)、その契約書の中で「この契約は詐欺を理由として取り消すことができない」と定められていたとしたら、第96条ではなく当事者の意思の方が優先されて詐欺取消しができなくなるというのは妥当ではない。したがって、第96条は任意規定ではなく強行規定であると考えなければならない。やっかいなのは、第96条にも、第614条にも、「この規定は強行規定(任意規定)である」ということは書かれていないので、ある規定が任意規定なのか強行規定なのかは解釈によって定めなければならないということである。その際の基本的な考え方としては(財産法の分野では)、①契約自由が原則なので、民法の個々の契約内容についての規定(第三編第二章第二節〜第一四節)の多くは任意規定である、②契約自由(自分の意思で結んだ契約に法的効力が認められるということ)の前提である詐欺・強迫や錯誤、制限行為能力者などに関する規定は強行規定である、③物権は誰にでも主張できる強力な権利であることから、物権に関する規定も私人が勝手に変更できない強行規定と考えられる(第5講参照)、といったところである。なお、強行規定に反する契約の定めはすべて無効であるというのが基本であるが、借地借家法第9条は「この節の規定に反する特約で借地権者に不利なものは、無効とする。」と定めているので、借地借家法の「この節」(第2章第1節)の規定に反する特約で「借地権者に有利なもの」は有効と解される。このようなものを片面的強行規定という。

任意規定による契約内容の補充の話をしたが、慣習(契約のように複数の当事者がある場合にはすべての当事者に共通の慣習)がある場合には、慣習の方が任意規定よりも当事者にとって身近な規範であるということから、任意規定による補充よりも慣習による補充が優先される。慣習については第92条に規定があるが、文言とはかなり異なる解釈がされているためここでの説明は省略する。「民法総則」の講義で聴いて欲しい。

以上、契約で当事者が定めていない事項についての補充の順番としては、第一に当事者の意思が推測できる場合には当事者の意思に従って補充する、次に、そのような当事者の意思がない場合で当事者に共通の慣習がある場合には、その慣習に従って補充する、第三に、当事者の意思も共通の慣習もない場合には、任意規定に従って補充する、となる。

第3節 代表的な任意規定1 同時履行の抗弁

第533条は「双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。」と定めており、これを同時履行の抗弁という。たとえば、売買契約は双務契約(第4講)であるから、売主が商品を引き渡さずに代金の支払を求めてきた場合、買主は代金の支払を拒むことができる。双務契約当事者間の公平に配慮して定められた規定であり、相手方に対して契約の履行を促す手段の一つとなる。なお、代金の支払期限が5月10日、商品の引渡し期限が5月20日と定められていた場合で、5月10日に売主が代金の支払を求めたときには、売主の債務はまだ弁済期にはないので、同時履行の抗弁を主張して代金の支払を拒むことはできない(第533条ただし書)。しかし、そのまま代金が支払われずに5月20日の商品の引渡し期限が到来すれば、買主は同時履行の抗弁を主張して代金の支払を拒むことができる。いくつか補足説明をしておく。まず、「抗弁」という言葉について。売買契約に基づいて売主が買主に代金を支払えという訴訟を起こした場合で、「そもそも売買契約を締結していない」など相手の主張が真実ではないとして否定することを「否認」という。それに対して、「確かに売買契約は締結した」と相手の主張を認めた上で、「まだ商品が引き渡されていない」(だから代金は支払わない)と別の事項を主張する場合を「抗弁」という。同時履行の抗弁の他に、「契約は結んだが、代金の支払期限はまだ来ていない」とか、「契約を結んで、代金もすでに支払い済みである」といった主張が抗弁である。次に、同時履行の抗弁を主張できるのは「相手方がその債務の履行を提供するまで」であって、「債務を履行するまで」ではない。例えば、売主が目的物を買主の家まで持って行ったにもかかわらず買主が受け取りを拒否したという場合、売主の債務の履行は完了していないことになるが、そのような場合にまで買主が同時履行の抗弁を主張して代金の支払いを拒むことができるというのは妥当ではない。そのため履行の提供(相手方が受領すれば履行が完了するという状態にすること)まですれば、相手方は同時履行の抗弁で債務の履行を拒むことはできなくなる、とされている。

第4節 代表的な任意規定2 買主の追完請求権

第562条は「引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし、売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。」と定めている。たとえば、マスカット1kgの売買契約を締結したのに、売主から引き渡されたのがピオーネだった場合、買主は売主に契約通りマスカットを引き渡すよう請求できる(「代替物の引渡し」)。あるいは、マスカットが引き渡されたが500gしかなかった場合には、もう500g引き渡すよう請求できる(「不足分の引渡し」)。このように、売買の目的物が一応引き渡されたが、それが契約で定められたものとは違っていた(不完全であった)場合、その不完全な給付を完全なものとする(「追完」)ことを買主は請求できる。これを買主の追完請求権、あるいは売主が契約内容に適合しないものを給付した場合の責任という意味で、売主の契約不適合責任という。買主が追完を請求した(「追完の催告」)のに売主が追完しない場合には、買主は代金の減額を請求することができる。また、追完が不能であるなど追完の催告に意味がない場合には、ただちに代金の減額を請求できる(第563条)。買主の追完請求は、強制履行と同じく、契約で定められたものを履行するよう求めるだけなので、売主に故意・過失など帰責事由がなくても請求できる。追完に代わる代金の減額も同じである。たとえば、養鶏業者がヒナ100羽を購入する契約を結んだ場合で、納入されたヒナの種類が違っていたり、数が足りなかったりしたときは、売主に帰責事由がなくても買主は追完請求ができる。納入されたヒナが伝染病に感染していた場合、そのヒナを感染していないヒナに取り替えるよう請求するには、売主の帰責事由は不要であるが、納入されたヒナから買主がもとから飼育していたヒナに感染した(拡大損害)という場合、買主は売主に損害賠償を請求できるが、それには売主に帰責事由があったことが必要である(第564条、第415条)。また、第564条によれば契約不適合を理由として契約を解除することも可能(売主の帰責事由は不要)であるが、解除については第541条ただし書が「債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。」と定めているので、追完がなされない部分が軽微であるときは、契約の解除はできず、代金減額を請求できるのみとなる。

第562条は売主から買主に引き渡された目的物が契約内容に適合しない場合(物の瑕疵)についての規定であるが、売主が買主に移転した権利が契約の内容に適合しないものである場合も同様に扱われる(権利の瑕疵、第565条)。これらで規定されているのは、売主が一応履行した後で問題となるものであり、債務をまったく履行していない場合の債務不履行責任に対して、売主の担保責任という。第562条・第565条は任意規定であるから、契約で売主はこれらの担保責任を負わないと定めておけば、契約の定めの方が優先し、売主は担保責任を負わなくてもよいことになる。ネットを通じた個人間売買(フリーマーケット、ネットオークション)などで「ノークレーム・ノーリターン」と定められていることがあるが、これは届けられた目的物にキズがあるなどの理由で代金の減額や契約の解除(返品・返金)を求めることができない旨を定めたものであり、「担保の責任を負わない旨の特約」(第572条)と解される。この特約は基本的には有効であるが、第572条は「知りながら告げなかった事実・・・については、その責任を免れることができない」と定めているので、たとえば、明らかなキズがありながら、それが見えない角度からの写真だけを掲載してネットオークションに出品し、買主からクレームがついたら「ノークレーム・ノーリターン」を盾に責任を負わない、というようなことは認められない。


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