第4講で述べたように、たとえば、建物の売買契約を締結したにもかかわらず、売主が建物を明け渡してくれないといったことが起きた場合、買主は、売主に対して、①強制的に建物を明け渡させる(履行させる)、②履行がなされないことによる損害の賠償を請求できる、③契約を解除する(そして、別の人から建物を買う)、という3つの法的手段をとることができる。この講では、この3つの法的手段について詳しく解説する。なお、①と②は(契約から生じた)債務を履行しないことの効果であるから、契約以外、たとえば不法行為から生じた損害賠償債務を履行しない場合にも認められるものである。
第414条第1項は「債務者が任意に債務の履行をしないときは、債権者は、民事執行法その他強制執行の手続に関する法令の規定に従い、直接強制、代替執行、間接強制その他の方法による履行の強制を裁判所に請求することができる。」と規定している。したがって、履行の強制を請求することができる要件は「債務者が任意に債務の履行をしないとき」であり、その手続は「裁判所に請求すること」であり、その方法は「直接強制、代替執行、間接強制その他の方法」である。
強制履行の要件は「債務者が任意に債務の履行をしないとき」(不履行)であるが、第412条の2第1項が「債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。」と規定しているので、債務の履行が不能(不可能)な場合には履行の強制ができない。可能な不能かは「取引上の社会通念に照らして」判断される。前講で述べたことだが、たとえば不動産がAからBへとAからCへの二重に売買され、Cが登記を得た場合、BとCがその不動産の所有権をめぐって争うときは、登記を得たCが所有者となる。この場合、AがBにその土地を引き渡すという債務は「取引通念上」不能となったと判断される。また、次の損害賠償との比較で注意が必要なのは、損害賠償を請求するには「債務者の帰責事由」が必要なのに対して、強制履行を請求するには「債務者の帰責事由」は必要ないことである。
次に強制履行の手続である「裁判所に請求すること」についてであるが、これは権利者(債権者)であっても、自分の実力を行使して権利を実現することは認められないという自力救済の禁止の原則に基づくものである。仮に、権利者が自分の実力を行使して権利を実現することが認められるとすれば、人々はそれぞれ自分に権利があると思うものを実現するために実力を行使することとなり、いわゆる「万人の万人に対する闘争状態」に陥ってしまう。そのようなことを防ぐこと、つまり紛争が起きた場合でも、私人の実力によらずに平和的に紛争を解決すること(社会秩序の維持)こそが、法の最も重要な目的である。
最後に強制履行の方法である「直接強制、代替執行、間接強制」について解説する。「直接強制」は債務の内容を直接強制する方法であり、金銭や物を給付する債務(「与える債務」)の場合に用いられる。具体的に言えば、物を給付する債務の場合には執行官が債務者のところからその物を取り上げて債権者に引き渡すことになる。金銭を給付する債務の場合には、債務者の預貯金や給与などを差し押さえて、そこから債権者に弁済するとか、あるいは債務者の不動産を差し押さえて競売(オークション)にかけて金銭に換えて、そこから債権者に弁済するといった方法である。
金銭や物を給付する債務の場合にはこのような方法での強制が可能であるが、たとえばコンビニエンスストアでアルバイトをするという契約を結んだにもかかわらず、アルバイト(労働)をしないという場合、「強制的に労働させる」ということは「その意に反する苦役」(憲法第18条)を課すことにつながるので認められないと考えられている。そのため、金銭や物を給付する以外の人の行為を内容とする債務の強制履行の方法として認められているのが「代替執行」である。具体的な方法は、債務の内容が「○○をする」という積極的な行為である場合(「作為債務」)と、逆の「△△をしない」という消極的行為である場合(「不作為債務」)とで少し異なる。まず、債務の内容が「○○をする」という積極的な行為である場合(「作為債務」)には、債務者以外の第三者に実行させてその費用を債務者に支払わせるという方法がとられる。そのような方法であるから、強制履行が可能な作為債務は、債務者以外の者が実行可能なものに限られることになる。たとえば、高名な小説家・漫画家が出版社と契約を結んで「小説を書く」・「漫画を描く」という債務を負った場合、その債務はその小説家・漫画家が行うことに意味があるのであって、別人が行うことはできないから、代替執行はできないことになる。一方で、他の人も行えるようなものの場合(先にあげた「コンビニでアルバイトをする」という債務など)には、代替執行が可能ではあるが、その債務が契約から生じた債務であれば、債務を履行しない債務者との契約は解除して、別の人と契約を結んで行ってもらう方が実際的である。債務の内容が「△△をしない」という消極的行為である場合(「不作為債務」)には、してはいけない△△をすることが「債務を履行しないとき」(不履行)にあたり、その△△をした結果が残るものについて、その結果を第三者に除去させてその費用を債務者に支払わせるという方法がとられる。したがって、不履行の結果が残らないもの(たとえば「夜9時以降は楽器の練習をしない」債務など)については、代替執行による強制履行はできないことになる。
強制履行の方法の3つ目である間接強制とは、債務の履行が遅延している間、債務者に一定額の金銭を債権者に支払うよう命じることによって間接的・心理的に債務の履行を強制する方法である。たとえば、「夜9時以降は楽器の練習をしない」債務については、直接強制・代替執行はできないので、「夜9時以降に楽器の練習をした場合には、1回につき1万円支払え」と命じるといった方法である。
なお、高名な小説家・漫画家の「小説を書く」・「漫画を描く」という債務などについては、心理的に強制して行わせてもよい作品はできないと考えられるために、間接強制も認められないと考えられている。つまり、債務の中には強制履行ができない債務も存在し、そのような債務を「強制になじまない債務」という。「婚約」(将来婚姻するという契約)をした場合でも、「婚姻は両性の合意のみによって成立する」(憲法第24条)ものであるから、当事者の意思に反して婚姻を強制することはできない。ただし、不当な婚約破棄に対して損害賠償を請求することは可能であり、一般に「強制になじまない債務」であっても債務不履行を理由とする損害賠償の請求は可能である。
また、強制履行を行ってもなお償われない損害がある場合には、強制履行に加えて損害賠償の請求をすることができる(第414条第2項)。たとえば、賃貸アパートに住んでいるAは、自分が住むためにBから建物を購入する契約を締結した。しかし、明け渡しの期日が来てもBが建物を明け渡さなかったので、Aは民事訴訟を起こしてBに明け渡しを求め、強制的に明け渡させたが、それは明け渡し期日の1年後のことだった。その間、Aは賃貸アパートに住み続けた場合、その家賃は、強制履行が行われてもなお償われない損害として、Bに対して損害賠償を請求できる。
債務不履行を理由として損害賠償を請求できる要件は、「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるとき」(客観的に債務が履行されていないこと)とその不履行が債務者の「責めに帰すべき事由」(「帰責事由」)によることの2点である(第415条第1項)。
「債務の履行が不能であるとき」を履行不能という。可能か不能かの判断は第1節で述べたように「取引上の社会通念」による。「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき」の代表的な例は、履行期をすぎても履行がされないという履行遅滞である。なお、そもそも履行が不能なために履行がされない場合は履行遅滞には含まれないし、第4講で述べた「同時履行の抗弁」(第533条)を主張して履行を拒んでいる場合にも損害賠償請求は認められるべきではないので、履行遅滞とは「履行が可能であるにもかかわらず正当な理由なく履行期を過ぎても履行がなされない場合」と定義される。履行遅滞に対して、「期限までに一応の履行はあったものの、その履行が不完全であった場合」を不完全履行という。たとえば、ある機械の売主が使用方法の説明を怠った(または誤った方法を説明した)ために買主が使用方法を誤り損害を被った場合とか、家具屋が家具を運んできた際に誤ってふすまを傷つけてしまった場合などであり、このような場合も「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき」にあてはまるので、損害賠償請求が認められる。
損害賠償請求の要件の2つ目は不履行が債務者の帰責事由によるものであることである。債務者の帰責事由とは、債務者の故意・過失などのことであり、損害賠償請求には損害を生じさせた者(加害者)の故意・過失が必要であるという「過失責任の原則」(第3講参照)から要求されるものである。
損害賠償の対象となる損害については、第415条が「これによって生じた損害」と規定していることから、債務不履行と因果関係のある損害のみが損害賠償の対象となる。さらに、第416条で、通常の事情のもとで通常生じる損害(通常損害)の賠償を基本とし、特別の事情のもとで通常生じる損害(特別損害)については、当事者がその特別の事情について予見すべきであったときは、その損害(特別損害)の賠償も請求できる、と定められている。
また、損害賠償の方法としては、原則として金銭を支払うことによって行うことと定められている(第417条、金銭賠償の原則)。そのため、損害額を金銭でいくらと評価するかという問題が生じるが、その困難を避けるために、あらかじめ損害賠償額を予定しておくことも可能である。「違約金」の定めは損害賠償額の予定と推定される(第420条)。
貸金の返還を求める債権や代金の支払を求める債権など、一定額の金銭の支払いを求める債権を金銭債権(金銭債務)という。世の中から金銭というものがなくなることはないので、金銭債務の債務者はどこかから金銭を借りてきて弁済をすることができると考えられ、金銭債務は履行不能となることはない(履行遅滞になるのみ)。そして、債権者の側でも、債務者が金銭を支払ってくれなかったときは別の誰かから借りればよいということになるが、金銭を借りるには通常は利息を払わなければならないので、その利息相当額が金銭債務が履行されない場合の損害賠償の金額となる(遅延利息、遅延損害金)。このことを定めているのが第419条である。第419条は、まず第1項本文で、金銭債務の不履行の場合の損害賠償の額は「法定利率によって定める」と規定している(法定利率は第404条で規定されている)。これだけだと、たとえば金銭消費貸借契約で利率(約定利率)が定められていた場合、貸金の返済期限までは約定利率に従って利息を支払い、返済期限後は法定利率に従って遅延利息を支払うということになるが、約定利率が法定利率よりも高い場合には、返済期限を超過すると利率が下がり、債務者がトクをすることになってしまう。そこで、第1項ただし書で、約定利率が法定利率よりも高い場合には遅延利息も約定利率によることが規定されている。第2項は「債権者は、損害の証明をすることを要しない。」と定めている。逆に、法定利率(または約定利率)に従って計算された遅延損害金以上の損害が生じたことを証明したとしても、その賠償は得られないと解されている。さきほど述べたように、債権者が債務者によって支払われるはずの金銭を必要としていたとしても、その金銭は他から借りてくればよいと考えられるし、逆に、特に金銭が必要な状況になかった場合でも、債務者が弁済していれば、その金銭を他人に貸し付けるなどして利息を得られたであろうから、その利息が得られないという損害(逸失利益)が生じると考えられるからである。第419条は、さらに第3項で「債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない。」と規定している。不可抗力とは、天災など人間の力ではあらがうことのできないものであり、債務者が不可抗力によって債務を履行できなかった場合には、債務者には過失がないとして、損害賠償責任を負わないというのが一般的である。さらに言えば、商法第596条第1項は旅館、飲食店、浴場などを営む者は、客から預かった物品の滅失・損傷については過失がなくても損害賠償義務を負うことを定めているが、この規定でも、それが不可抗力によることを証明した場合には損害賠償義務を免れるとされている。第419条第3項は、金銭債務の不履行については、その不可抗力による不履行の場合であっても、損害賠償義務を免れることができないことを定めたものであり、厳しすぎる規定であるという批判も多い。
たとえば、売買契約で買主が代金を支払わないという場合、売主は売買の目的物を引き渡した上で代金の支払いを強制するということも可能ではある。しかし、そもそも買主は金がないので支払わないでいたというような場合には強制的に取り立てようとしても不可能であろうし、また強制履行をするには手間も暇もかかることであるから、そのような売買契約は解除してなかったことにした上で、別の買主を探す方がよいこともある。このように、契約を結んだ相手方が契約を履行しない場合に、履行されない契約から離脱する手段として認められているのが契約の解除である。なお、さきほどの例で、最初の売買契約を解除しないまま新しい買主と売買契約を結び、目的物を新しい買主に引き渡した後で、最初の買主が代金を持って商品の引渡しを求めてきたとしたら、今度は売主の方が契約違反として損害賠償などを請求されるおそれがでてくる。先の契約を解除してから新しい契約を結ぶというように、一つ一つ手順(段階)を踏むというやり方(考え方)にも注意して欲しい。
契約は原則として一方的に解除することはできない(第4講参照)。その例外として、一方的に解除することができるのは「契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するとき」(第540条)である。契約によって解除権が認められる場合を「約定解除」、法律の規定によって解除権が認められる場合を「法定解除」という。
第541条前段は「当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。」と定めているので、法定解除の要件は「当事者の一方がその債務を履行しない場合」であり、その手続として「相当の期間を定めてその履行の催告」をすることが求められている。ただし、「○月○日までに履行せよ。それまでに履行されない場合には契約を解除する」というように、「履行の催告」と「解除の意思表示」(第540条)の両方を一度に行うことも認められている。
法定解除の場合には「履行の催告」という手続を踏むことが原則であるが、履行が不能である場合や債務者が履行を拒絶する意思を明確に表示した場合には催告をする意味がないので、そのような場合には「履行の催告」をすることなくただちに契約を解除することができる(第542条第1項第1号、第2号)。また、「契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合」(「定期行為」)に、「債務者が履行をしないでその時期を経過したとき」にも、履行の催告をすることなくただちに契約を解除することができる(第542条第1項第4号)。たとえば、クリスマスケーキを注文し、12月24日に配達してくれるよう頼んでいたにもかかわらず、24日に配達されなかった場合、後から配達されても「契約をした目的を達することができない」ので「履行の催告」をすることなくただちに契約を解除することができる。
契約が解除された場合、その契約はなかったことになり、各当事者は、その相手方を契約が締結される前の状態(「原状」)に戻す義務を負う(原状回復義務、第545条)。つまり、契約から生じた債務のなかでまだ履行されていない債務は消滅し、すでに履行がなされたものについては、債務の履行として受け取ったものを返還する義務を負うことになる。また、契約を解除してもなお償われない損害があれば、契約の解除に加えて損害の賠償を請求することができる(第545条第4項)。
以上、相手方が契約を履行しない場合にとることができる3つの手段、強制履行、損害賠償、契約の解除について述べたが、ここで注意して欲しいのが、強制履行と契約の解除を請求するには帰責事由(責めに帰すべき事由、故意・過失)は不要であるのに対して、損害賠償の請求には帰責事由が必要であるということである。強制履行は、もともと契約によって負っていた債務を(強制的に)履行させるだけなので、帰責事由は不要とされている。また、契約の解除は、相手方が契約を履行しないのに自分だけが契約を履行しなければならないというのはおかしいので、そのような場合に契約をなかったことにする手段として認められているものなので、これも帰責事由は不要とされている。なお、2017年改正前は、履行不能の場合の契約の解除については帰責事由が必要と明文で規定されていて、履行不能以外の場合(履行遅滞の場合など)にも帰責事由を必要と解する見解が多かったが、2017年改正で修正されたので注意が必要である(詳しくは「契約法」の講義で聴いて欲しい)。一方、損害賠償については、強制履行に加えて損害賠償を請求することが可能であることから考えて、新たな負担を課すものであること、また「過失責任の原則」があることからも、帰責事由(故意・過失)が必要とされている。